ジョアン・セーザル・モンテイロ作品解説

あけましておめでとうございます。


昨年まで溜めていたものを片付けなくては……と思いましたので、ジョアン・セーザル・モンテイロの作品解説をここに掲載しておきます。



神の喜劇 A Comédia de Deus  95年 162分
監督・脚本:ジョアン・セーザル・モンテイロ/詩:ルイス・デ・カモンイス/撮影:マリオ・バローゾ/編集:カーラ・ボガネイロ/録音:ロリー・ベルハッセン/製作:ジョアキン・ピント/助監督:マヌエル・ジョアン・アーグァス、テレサ・ガルシア、ガブリエル・ルー/音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ、ヨーゼフ・ハイドン、リヒャルト・ワグナー、ヨハン・シュトラウス二世、アルマ・ネグラ/出演:クラウディア・テイシェイラジョアーニャ)、マックス・モンテイロ(=ジョアン・セーザル・モンテイロ ジョアン・ド・デウス)、マヌエラ・デ・フレイタス(ジュディット)、ラケル・アシェンソン(ロサリーニョ)、ジャン・ドゥーシェアントワーヌ・ドワネル

モンテイロ自身が妖しげな中年男、ジョアン・ド・デウスを演じるデウス三部作二作目。本作は92年に亡くなった映画批評家セルジュ・ダネーに捧げられている。
「アイスクリーム天国」で勤めるジョアンは、店員の服のシミひとつ見逃さないやや潔癖気味な性格だが、陰毛コレクターとしての顔ももつ。また気に入った女性店員に手を出してしまうこともあった。社長のジュディットから注意されたにもかかわらず、新しく入ってきたロサリーニョとの関係を深めていく。しかしフランスのアイスクリーム会社「アントワーヌ・ドワネル」との提携に失敗。ロサリーニョは店を辞めるという。来店してきたジョアーニャを自宅へ招き、夜通し快楽に耽るも、彼女の父親に痛めつけられ入院する羽目に。退院後、店はすっかり変わっていた。さらにジュディットより猥褻な行動を理由にクビを宣告される。荒れ果てた我が家で、ボロボロになった陰毛コレクションのファイルを見つけるジョアンだった。
 トリュフォーで御馴染み「アントワーヌ・ドワネル」との会見のシークエンスでは元々ジャン・ピエール・レオーが出演する予定だったが叶わず、代わりに映画批評家ジャン・ドゥーシェが登場する。ドゥーシェはデウス三部作最終作『神の結婚』(99)にもパティシエ役を演じている。
 モンテイロが夜道で被る面は『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22 F・W・ムルナウ)のマックス・シュレックのもの。本作のクレジットでも「マックス・モンテイロ」を名乗っている。
マノエル・デ・オリヴェイラと現代ポルトガル映画』(03年4月30日 発行:株式会社エスクワイアマガジンジャパン E/Mブックス 企画:赤坂大輔 編:遠山純生)に製作当時のインタビューが収録されている。




J.W.の腰つき Le bassin de J.W. 97年 138分
監督・脚本/ジョアン・セーザル・モンテイロ
引用/ストリンドベリ パゾリーニ テイシェイラ・デ・パスコエス ブルトン エスキモーの伝説 撮影/マリオ・バロッソ 録音/ジャン=クロード・ルルー ミキシング/ジョアキン・ピント 編集/カルラ・ボガイエロ 音楽/ヴィヴァルディ プロコフィエフ ヴァーグナー ロッシーニ ヴェルディ メンデルスゾーン ジャック・ブレル
出演/ピエール・クレマンティ(ポール、ヘンリック) ユーグ・ケステール(ジャン・ド・デュ、ルシファー) ジョアナ・アゼヴェド(カタリーナ、アリアーヌ) マヌエラ・デ・フレイタス(娼婦) ジャン・ワタン(=ジョアン・セーザル・モンテイロジョアン・デ・デウス、ヘンリック) ジョアン・ウ・オブスクロ(=モンテイロデウス、マックス・モンテイロ) グラツィエラ・デラン(マリアンヌ)

本作はストローブ=ユイレへ捧げられ、セルジュ・ダネーの言葉が冒頭に引用される。「私は、ジョン・ウェインが北極で素晴らしい腰の振り方をしているという夢を見た」。
ストリンドベリ『地獄』から想を得た戯曲が演じられる。上演後、「ルシファー」を演じたジャン・ド・デュが「神」を演じたマックス・モンテイロを見つけ話しかけるが、彼は引退した水夫ヘンリックを名乗る。ヘンリックは子どもの頃からのアイドルであるジョン・ウェインが北極で腰を振る夢想にとりつかれていた。彼はこのことを『地獄』の演出家ポールとその妻のマリアンヌと語る。数日後、ジャンとヘンリックは再会し港で語らい、ダンスホールへ行き、様々なショーを見物し、そしてさまよう。行き止まりでヘンリックは海に飛び込んでしまうも、代わりにマックスが姿を現わした。その日から、ジャンは戦場や氷の夢想にとりつかれはじめたと語る。一方ポールは自らヘンリックを演じつつ舞台の稽古を女優のカタリーナ、ジャンと延々続ける。ポールはマックスと出会い、彼を思って書いたこの戯曲への参加を願う。ジャンがポールの邸宅へ向かうと、マリアンヌに手紙を残し消えていた。手紙にはジョン・ウェインが北極で腰を振る夢を見たと書かれていた。テレビでは北極?で夫婦となったジョアン・デ・デウスとカタリーナが取材され、挑発的な受け答えをしていた。驚愕するジャンは、一緒に腰を振ろうというマリアンヌの誘いを受け寝室へ、ジョアンとカタリーナは遥か彼方へと消えていく。
ポールを『昼顔』(67 ルイス・ブニュエル)、『豚小屋』(69 パゾリーニ)、『処女の寝台』(69 フィリップ・ガレル)などで知られるピエール・クレマンティ、ジャンを『春のソナタ』(89 エリック・ロメール)のユーグ・ケステールが演じる。本作ではクレジット上、モンテイロはジャン・ワタンの名で水夫ヘンリックの役を、ジョアン・ウ・オブスクロの名でマックス・モンテイロの役を、そしてどちらもジョアン・デ・デウスを演じている。他のメインの俳優も配役と劇中劇での役とふたつの名が記されている。



白雪姫 Branca de Neve  00年 75分
監督:ジョアン・セーザル・モンテイロ/原作・台詞:ローベルト・ヴァルザー/製作:パウロ・ブランコ/撮影:マリオ・バローゾ/編集:ファティマ・リベイロ/録音:ヌーノ・レオネル/音響設計:ジョアキン・ピント/助監督:アナ・イザベル・リーヴス・ドス・サントス/音楽:ハインツ・ホリガーサルヴァトーレ・シャリーノ/出演:マリア・ド・カルモ・ロロ(白雪姫)、アナ・ブランダオ(王妃)、レジナルド・ラ・クルス(王子)、ルイス・ミゲル・シントラ(狩人)、ディオゴ・ドリア(王)

原作者のローベルト・ヴァルザー(1878〜1956年)はスイスのビール出身の作家。父親の製本業の経営が傾き、14歳で学業を打ち切り銀行員見習い・保険会社の事務員など職を転々とする。母親は精神的に不安定な状態が続き、ヴァルザーが16歳のときに病死。俳優を志すも17歳で諦め、新聞や文芸誌に詩・小劇・散文作品を発表。画家として成功していた兄を頼り1905年ベルリンへ移住するが、既に80篇を越える作品を発表していた。ベルリンでは召使学校で訓練を受けたのち、兄の伝でサロンを出入りしては挿絵画家・舞台装飾など幅広く活動、長編小説の執筆も開始した。『タンナー兄弟』(06)、『助手』(07)が評判を呼ぶも、『ヤーコブ・フォン・グンテン』(08)の不評から出版先さえ見つけられない状況に陥り、13年スイスへ帰郷。市内のホテルの屋根裏にある召使部屋で過ごしながら、自ら「散文小品」と名づける短い作品をスイス、ドイツ、チェコの新聞に次々と掲載、『物語集』『作文集』『小品集』『散文小品集』など刊行。この頃姉の友人に頻繁に出していた手紙で「厳しい財政的窮乏」を語っている。21年にはベルン国立文書館の司書助手に就労するも四ヶ月しかもたず、その後9年間で15の部屋を転々とする移動生活のなか、生涯で最も多くの作品を執筆。掌サイズの紙に鉛筆書きの微小文字で筆記していた(本人は「鉛筆書きシステム」と呼んでいる)。未発表のものもふくめると800近くにのぼるが、刊行されたのは『薔薇』(25)一冊しかない。29年よりヴァルダウの精神病院に収容され、33年ヘリザウの病院へ移された頃に断筆。ここで23年間を過ごし、56年のクリスマス、近くの山で散歩中に心臓発作を起こし、雪の上に横たわっている姿を発見される。彼の評価は死後再び高まり、60年代から全集の発行が開始、『盗賊』と名づけられた未発表の遺稿など刊行される。カフカベンヤミンら彼を高く評価している作家・思想家は跡を絶たない。
『白雪姫』はベルリン移住前の1901年に発表された作品。舞台はグリム童話「白雪姫」のクライマックス、王子と城に戻ってきた白雪姫が自らを殺そうとした王妃、狩人らと言い争う。彼らの関係は二転三転し、ときにそれまでの出来事を演じながら、やがて皆で城に戻り宴を始めようというところで終わる。それまでの「白雪姫」での出来事の真偽を「童話」「作り話」といった台詞を用いながら、互いの心中を探りあう様子から、彼らが単純に過去を回想しているのではなく、ややメタ的な立場にいるともいえる。またグリム童話でイメージされる王子とやや異なり、饒舌で小柄という設定になっている。
モンテイロの『白雪姫』は原作のテクストを忠実に俳優に朗読させつつも、彼らの姿を一度もスクリーンに見せず、大半を黒画面で構成した。冒頭に使用される写真は、雪の上で横たわるヴァルザーの姿である。

参考文献:『ローベルト・ヴァルザー作品集1 タンナー兄弟姉妹』 訳:新本史斉 発行:鳥影社・ロゴス企画部 2010年8月 

原作:『現代スイス文学集 ヴァルザー・ブルクハルト・フリッシュ』収録『白雪姫』
訳:白崎嘉昭・新本史斉 発行:行路社 98年7月30日